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20年ほどの日本の歴史

2019年4月17日「水曜日」更新の日記

2019-04-17の日記のIMAGE
以前の日本、少なくとも1990年頃までの日本でも、同じような会話は、居酒屋で行われていました。しかし、当時は、現代とは異なり、「我慢をしていればいつかは報われる。努力するものには必ずよいことがおこる」という確信がありました。一生懸命努力して、勉強してよい学校に入る。よい学校に入ればよい就職先が見つかる。よい就職先に入れば、よい収入と、やがてはよい嫁さんと巡り合える。会社が用意した立派な社宅に住む。そのうちに子供が2人生まれる。できれば男の子と女の子。よい収入が将来にわたっても保証されているので、よい家を買う。ローンを組んでも会社保証みたいなものだから大丈夫。ここで近所の家庭に負けてはならない。子供を塾に放り込んでひたすら勉強させる。夫婦で歩んだ同じ道を息子、娘にも歩ませることが、次世代の幸せ。2人の子供はどちらも望みどおりの私立へ。課長、部長と昇進するのにあわせて、車もカローラからコロナ、マークⅡ、そしていつかはあこがれのクラウンへ。この人生ゲームの筋書きは、世の中のすべての指標が「右肩上がり」である場合の鉄則でした。確固たる学歴社会、社会を支える強固な官僚による統治体制、重厚長大産業を中心とした経済の牽引者の存在、価偵観を共有化できる終身雇用制度、手厚い年金制度、安定した政治、社会全体の安全保障体制、こうした社会を支える強固な体制が整って初めて成り立つ社会でした。現代の日本は、今まで持っていたこれらの要素をすべて失ってしまっています。そして振り返ってみれば、これらの要素の存在をメディアが中心になって、一生懸命否定してきたのが、ここ20年ほどの日本の歴史です。

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