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賢く生き延びていく方法

2019年4月19日「金曜日」更新の日記

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1990年頃のバブル絶頂期の日本人は、妙な自信を持っていました。いわく、「日本が世界で一番豊かな国」、「もはやアメリカに学ぶものはない」大学生がアルマーニのスーツを身にまとい、高級ホテルで豪遊する。六本木のクラブには女子大生を送迎するBMW3シリーズに乗るアッシー君たちが車列をなす。そこで遊んでいた、当時新人類とも呼ばれた若者が今40代後半にさしかかっています。社会の中心となりつつある彼らの人生は複雑になっています。そして、今の世の中に蔓延するのが、行き先のわからない船に乗った不安と焦燥感に溢れた日本人の姿です。もともと日本人という国民はきわめて、ムーディーな国民であるようです。その姿は太平洋戦争で敗北し、「鬼畜米英」からあっさりと「ギブミーチョコレート」に変身を遂げたことに象徴されるように、今までの信念が壊されると新しい価値観にするりと乗り換えることができる才能です。今はその変換点にあるような気がします。ところが、一方で、社会体制の根本からの変革を起こす力、責任あるリーダーによる国の牽引については、日本人は苦手のようです。いつも外来のプレッシャーによって変革が行なわれる。開国から明治維新、太平洋戦争に至るまでも、大きな社会的な変革は常に外国からのプレッシャーを受けての変革でした。そうした意味で、いまの日本は、自らの手で変革する力や意思を持ち合わせているでしょうか。最近の国民のムードにはどこか社会全体に対するあきらめが蔓延しているような気もします。また、こうした行き場のない国民感情が、ネットなどの普及があと押ししているのでしょうか、やや極端に走る現象も見受けられて心配になることがあります。これをひと言で表現するならば「かわいそう」と「ばかやろう」です。そしてここに欠けているのが「ならば、どうしよう」という、今後に対する明確な信念です。これは信念を持ったりIダーの欠如も大きな原因でしょうが、羅針盤を持たない現代の日本が極端な方向にムードで走る事象の現れのような気がしています。「かわいそう」は、世の中の悲惨な事故や災害に対する激しい同愉の念です。「ばかやろう」はそうした事件や事故を引き起こした加害者や支配体制に対する激しい怒りです。どちらも、ひとつひとつの事象に対する同情と怒りは正しくとも、その先を見据える心がなければ世の中は一向に良くはなりません。ムードだけに流されることなく、今後の日本はひとりひとりが個人レベルで、自らの立ち位置を強固にしていかないと、羅針盤のない船があちらこちらで遭遇する大波、座礁に耐えることはできなくなってしまいます。それでは、今後荒れ狂ケ海を航海する日本で、賢く生き延びていく方法はあるのでしょうか。自分の立ち位置はどこに置けばよいのでしょうか。少しでも自身を防衛しながら、自らの人生を歩んでいくために必要な知恵を考えてみましょう。

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